最近『玉島千歳楽誌』という本が出版されました。
これまで戸嶋神社に特化した本は何冊かあったんですけど、玉島全域(玉島・乙島・柏島・長尾・富田)の千歳楽についてまとめたものは初めてじゃないですかね。
せっかくなんで最初はこの本の補足とか感想みたいなことを書いてみようと思います。
余計な御世話といわれそうですが(笑)
この本の順番で行くと、まず羽黒神社。今日は新町の千歳楽について。
新町は昭和の末ですから、だいぶ新しい千歳楽ですね。羽黒神社の規格で考えると小ぶりです。まぁお手本が柏島の平尾ってことなんで。お宮の鳥居をくぐれる高さにしたかったというのもあるのかな。ただ羽黒神社分は基本的に五枚布団・くくりなしのはずです。この千歳楽らしからぬ、どでかい括りに関しては、前はついてなかったと思います。布団締めと水幕は、前後の〆が羽黒神社、左右に卍。水幕が白地に社紋の巴に卍。これは基本に忠実ですね。
次は運行について。とにかく元気。朝も早いし、日中も至る所で担いでる感じがします。乙島についても言えることですが、一日のうちに朝晩2回も宮入するなんて話は他所じゃ聞かないですね。まして石段まで上りますから。前日の土曜の晩には、五楽会の千歳楽と一緒に高運寺にも上ってます。花集めにも熱心ですね(笑)
あと、運行はことごとく乙島のやり方でやってます。この辺は本に書いてあるので省略。
最後に新町通りについて。昭和橋から羽黒神社へ抜ける500mくらいの通りです。道の左右には江戸時代の商家や問屋なんかの古い建物が並んでます。玉島も栄えてたんでしょうね。江戸時代といえば、太鼓台が瀬戸内沿岸に急速に普及してた頃ですから、この時代が全盛期だった玉島に太鼓台文化が花開いたのも当然ですね。追々、太鼓台の伝播なんかについても書いてみたいと思ってます。ちょっと話がそれたんですが、この通りはいいですよ。千歳楽が普通に通ってるだけで絵になりますから。今は日曜の夜に新町と五楽会がここを担いで羽黒神社へ向ってますが、昔は丸山・秋葉町・久々井・亀崎なんかの大型千歳楽が並んで担いでたんでしょうから、そりゃあすごかったでしょうね。
ちなみに新町の千歳楽は、新町通りにある問屋の蔵を使用してます。他所でも太鼓蔵は多数ありますが、本物の蔵を使ってるとこも珍しいんじゃないのかな(笑)
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